カウンセリングにおける言い換えの力とは
心理カウンセリングとは
心理カウンセリングというと、どういった事を思い浮かべるでしょうか?
対話の中で適切なアドバイスをしてくれ、悩み事を解決してくれる・・・
そのようなイメージをお持ちの方もいるかもしれません。
しかし実は、腕のよい心理カウンセラーほどクライアントにアドバイスなどをしないものなのです。
私たちは日常のコミュニケーションにおいて、『ただ、黙って話を聞いてもらう。』という事を経験する事はほとんど無いかもしれません。
- 自分の悪い所を指摘される
- 愚痴などに付き合えないと突き放される
- 私も…と、相手の話にすり替えられて聞き役に回されてしまう
こういった反応がほとんどでしょう。
人間関係が『対等』である事が原則である以上、これらは仕方のない事ともいえます。
しかし、上記にあげた『黙って話を聞いてもらう』という事は実は非常に重要な経験となるのです。
ただし『黙って聞いてくれる』といっても、お人形のように押し黙る相手では話していても空しいだけです。
また、上辺だけ『うん、うん』と合槌を打たれても何となく『本気で聞かれていないなぁ』と感じてしまいます。
カウンセリングにおいて話を聞く態度で最も重要なのは共感。
クライアントが『この人は自分の気持ちを分かってくれるんだ』という事を深く実感させる必要があります。
お金を払ってまでカウンセリングを頼ろうとする人達は、人から理解されにくい深い悲しみや心の傷を抱えています。
『今まで誰からも理解されなかった持ちを分かって貰えた』という体験は、クライアントを深い次元でリラックスへと導くことが可能です。
ここで、心理カウンセラーの使命について改めて纏めてみましょう。
- クライアントの気持ちを想像し、共感する
(しかし、共感するあまり自分を見失ってはいけない。) - 共感する事でクライアントをリラックスさせる。
- リラックスした状態で、自分の問題点を把握させる
- 問題点の把握から解決への気づきへと導く。
何らかのアクシデントでパニック障害やPTSDを起こしているクライアントでしたら、この時点で気持ちを落ち着けて問題を解決させられる可能性もあります。
しかしもっと深刻な問題を抱えているカウンセラーに対しては、自分の認知の歪みに気付くように導いてゆく必要があります。
心理カウンセリングによる言い換えの技法
この気付きへと導くために有効なのが『言い換え』。
言い換えについて解説する前に、具体的な例を挙げて説明しましょう。
症例・20代でうつ病を発症した男性のケース
桑田直人さん。20代後半でうつ病を発症しました。
きっかけは会社の仕事のプレッシャーと上司からの叱責。
カウンセリングを始めた当初は、ただただ、自分のせいで周りに迷惑をかけているという事ばかりを話していました。
そこでカウンセラーは
『自分のせいで周りが迷惑していると感じるのですか?』
と問うと
『失敗ばかりしているからです。』
という返事が。
『一番心に残っている失敗は何ですか?』
と言うカウンセラーの問いに対して、ようやくうつ病発症のきっかけとなった失敗について話す事が出来ました。
その後のカウンセラーとの対話でも、同僚たちは元気でやっているのに自分だけがうつ病になったことを責める言葉ばかりが出てきました。
『僕の失敗のせいで皆や上司に迷惑をかけているんです。』という言葉でした。
『あなた以外の皆や上司は一度も失敗していないのですか?』
という言葉を投げかけられてふと気持ちが楽になりました。
確かに、他の人も失敗をしています。
自分も人の失敗のフォローで残業したこともありました。
でも、やはり自分を責める気持ちは変わりません。
『やはり僕が無能で会社に迷惑をかけけています。』
とカウンセラーに話しました。
すると今度は『そんな風に自分が無能で周りに迷惑をかけるという気持ちは、会社に入ってから始まった気持ですか?』と問われました。
そこでふと、自分は本当は社会人になる前からずっと
『無能な自分が周りに迷惑をかけている』
と思っていた事に気付かされました。
『ずっといつも自分を責めてきました。なにか周りに迷惑をかけているような気がしていたんです。』
そう話す隼人さんに対して、カウンセラーは
『周りに迷惑をかけていると思うとき、ぱっと心に浮かぶ人はいましたか?』
と問います。
ふと、隼人さんは父親の顔を思い浮かびました。
『父です。』
『お父さんに迷惑をかけていると思う事がおおかったのですか?』
とカウンセラーに問われ、
『父は・・・怒鳴ることの多い人で・・・自分がいけなかった大学へ僕を入れようと・・・』
その後の対話で、お父さんのコンプレックスの犠牲になっていた自分や、高圧的な態度に委縮して育った自分に気付きました。
上司の叱責が怖かったのも、父に怯えて育った子供時代を思い出すからだと気付き、自分で驚いていました。
その後、隼人さんは行動記録などを付けていたこともあり、自分がどんな時に大きなストレスを感じるかを把握できるようになってゆきました。
投薬の助けもあり、うつ病は回復。
それと同時に今まで父の期待に応える事だけが自分の人生だったという事に気付きました。
進学、就職、全てが父の意向だったのです。
初めて自分から遣りたい仕事へ意欲が生まれ、現在は心理カウンセラーを目指して勉強しているところです。
この例の中でのカウンセラーの言葉はすべて言い換えです。
自分の本当の気持ちが把握できていない直人さんに対して、カウンセラーが気落ちの把握(認知の歪みへの気づき)へと導いています。
この例でもそうですが、クライアントというのはなかなか自分を客観視できません。
自分が悪い、という『気持ち』だけが先行してしまい具体的に何が起こったかを把握することが難しいものです。
そこで言い換えによって、『何がきっかけでそういう気持ちになったのか』を具体的に把握させるようにします。
深い次元での気持ちへの気づき
具体的に起こった出来事が把握出来たら、次はさらに深い次元での気持ちの把握へと導きます。
上記の例では隼人さんは社会人になる前から人の期待に応えられないと不安になっていた自分に気付きます。
その原因が父との関係であったことにも。
このように深い次元での自分への気づきがあると、回復は目の前となります。
言い換えのタイミング
この言い換えですが、どのような時に行うのが良いのでしょうか。
クライアントと対話をしてみて
- 極端に自分を卑下する
- 気持ちの話ばかりで具体的な事が出てこない
- クライアントが急に押し黙る、言いよどむ
- 逆に不自然なほど焦るように話し出す
こういった反応があった場合は、クライアントが具体的に起こったことは深い次元での気持ちを把握出来ていない事が考えられます。
そういったときに、言い換えを行うと効果的でしょう。
言い換えは簡潔に
この言い換えですが『一度の質問は一つの内容』が原則です。
例えば
『どういう時に自分が周りに迷惑をかけていると思うのですか?それはどんな気持ちになりますか?あなただけが周りに迷惑を欠けていると思いますか?』
などと聞いてしまうとクライアントは混乱するばかりです。
クライアントの気持ちを開かせようと熱心になるあまり、犯してしまいがちな失敗です。
どんなに良い内容の質問であっても、必ず一回に一つを守りましょう。
言葉選びのポイント
隼人さんの例を読んでいてお気づきかもしれませんが。
カウンセラーの質問(言い換え)は、全て隼人さんの言葉が含まれています。
『このクライアントの言葉を使うこと』が言い換えの非常に重要なポイントです。
カウンセラーが自分と同じ言葉を使うという事で、クライアントは自分は理解されているという安心感を得る事ができます。
またクライアントの言葉というのは、深い思いが含まれている場合が多々あります。
隼人さんの例ですと『僕の失敗のせいで皆や上司に迷惑をかけているんです。』という言葉。
この言葉から上司を抜いてしまうと、この後の父親との確執という深い気付きにまでは掘り下げられなかった可能性があるのです。
失敗、皆、父親、迷惑をかける・・・こういった言葉を聞き逃がしてはいけません。
クライアントの言葉を使って言い換える事で、深い次元への気づきへと誘導して行くことができます。
言い換えを控えるべき時もある
次に言い換えをしないほうが良い時です。
まず、クライアントの様子をよく観察する事が重要となります。
一番に見るのは、クライアント本人がどこまで把握できているかという点です。
隼人さんの例では、本人が自分の『気持ち』をいう事が出来ている段階でした。
しかし心の傷がもっと深かったり、本人がそれまで自分の気持ちに無頓着な生き方としてきている場合は、この『気持ちの把握』が出来ません。
その場合、『やる気が起きない、体がだるい、眠れない』などというストレス性の身体症状を訴えるケースがほとんどです。
例えば『眠れないんです。』と相談してくるクライアントに対して、『眠れない事についてどう思いますか?』などと聞いても混乱させてしまうばかりです。
ストレスからくる身体症状に悩むクライアントには
- 気持ちの共感(眠れないのは辛いですよね、など)
- いつ頃から眠れなくなったか
などから聞いて行き、クライアントのリラックス状態を観察しながら、まず共感してゆきます(眠れないのは辛くないですか?など)。
そして徐々に眠れなくなったころに何があったかなど、具体的な問題の把握へと移行してゆきましょう。
リラックス状態は表情、顔色、しぐさ、目線などに現れます。
カウンセラーに求められる力の一つに、クライアントへの観察力があると言えるでしょう。
回復段階を理解する
クライアントが悩みを克服して回復してゆくにはそれぞれの段階があります
第一段階体の症状の自覚
ストレスが不眠などの体の症状に出る段階です。
この段階では言い換えよりも共感で、クライアントとの信頼関係を築くことが重要です。
第二段階自分に起こった『出来事』を把握する
上記の例でも直人さんははじめ、うつ病となったきっかけとなる自分の失敗について話す事が出来ませんでした。
第三段階自分の『気持ち』を把握する
出来事の把握の次が気持ちの把握となります。
自分の気持ちを把握できるような言い換えが必要な段階です。
第四段階『深い次元での気持ち』を把握する
多くの深刻な悩みは、幼いころからの様々な経験の積み重ねで強いコンプレックスを作っているケースがあります。
隼人さんの例でも、父親との関係について見つめなおす事が回復へとつながりました。
第四段階『今後の展望』を語らせる
クライアントが今後どうしたいかを語りだすと、ほぼ回復とみて良いでしょう。
隼人さんのように人生そのものを変えてしまうとまではいかなくても、これからはもっと自分を大切にしたい、仕事だけでなく趣味も大切にしたい…などです。
この回復段階によって言い換えが変わってきます。
クライアントが今、どの段階にいるかを把握することが大切です。
隼人さんは第二段階からカウンセリングルームに来た例です。
クライアントごとに『掘り下げえる深さ』が違う
隼人さんは、深い次元での気持ちまで掘り下げて自分の今までとこれからを見つめなおしました。
しかし中にはそれ以上掘り下げなくても回復する人もいます。
悩むきっかけとなった出来事と気持ちの把握の段階での回復という事です。
カウンセリングは回復するまでの期間や掘り下げの深さは人それぞれです。
(早く回復したから成功、遅く回復したから失敗ということでは絶対にありません。)
クライアントが今後の展望を語った時点で、ゴールとなります。
数あるカウンセリングの技法の中で、言い換えに焦点を絞ってみました。
上手な言い換えが出来るようなるためには、その他にも様々な知識が必要となります。
深い悩みを抱えた人がすがるような思いで扉をたたくのがカウンセリングルーム。
クライアントの思いをくみ取り、新しい人生を開く手助けをしてあげて欲しいと願ってやみません。